若狭の山と峠 18 百里ヶ岳

 百里ヶ岳は、山名の由来から、山頂に立てば百里四方が見渡せると言われた。その後、私たちの想像をはるかに越える年月を経てできあがった山頂周辺の大きな木々が、展望を遮っていたものの、独特の雰囲気をかもし出していた。現在、誰かの手によってそれらの木々は無惨にも切り倒され、静かで落ち着いた山頂は一変している。ただし、見晴らしは、きくようになっている。若狭第二の高峰であり、一等三角点のあるこの山は、堂々とした風格があり、是非一度は登ってみたい山である。

 また、この山の南側には根来坂という昔の若狭越えの重要な峠道が通っている。戦国時代も終わりの元亀元年(1570年)、越前朝倉義景を討つため敦賀金ケ崎まで兵を進めた織田信長は、妹婿浅井長政の裏切りで急遽退散を決意し自身単独で朽木を通り帰京した。残された織田軍は木下藤吉郎を殿(しんがり)として退いたが、この時藤吉郎と共に後尾を守った徳川家康は、この根来坂を越えて京都へ帰陣したと伝えられる(若狭国志・若狭郡県志)。

 また、その後は鯖などの若狭の魚を京都へ運ぶために使われており(針畑越えの一部)、鯖街道の一つとされている。最近は道も良く整備されており、昔の街道を偲びながら歩くことができる。また、滋賀県に通じる林道(県境は、「おにゅう峠」)が峠近くを通っており、昔の峠道の面影を邪魔しているが、林道を利用すれば労少なくして峠に立つことができる。近年は、滋賀県側からの入山者が多く、山頂では大勢の登山者に出会う。

 一方、山頂の北側には、木地山峠が通っている。この峠は、京都や近江に抜ける若狭越えの道というよりも、福井県側にある根来集落と滋賀県側の木地山集落を結ぶ、村と村を結ぶ峠道の色彩が強い。昔は、両方の小学校の交流がこの峠を越えて行われており、また両方の村人の間に血縁関係もあった。

 さて、百里ヶ岳へ登るルートとしては、これらのいずれかの峠を経由して行くことになる。この内、根来坂を経由して行く方がポピュラーであり、本書でもメインルートとして紹介したい。なおその場合、上根来の集落の先にある畜産団地の少し先にある昔からの登山口から歩くコースと、林道をさらに車で進み、池の地蔵と呼ばれる地点の近くから登るコースがある。体力にあわせて選んでほしい。

 一方、木地山峠からのコースは、上根来の集落から木地山峠までの間で分かり難い所があり、山慣れた人のみ入山してほしい。木地山峠から入り、根来坂方面に縦走するコースは時間的にも長いが、体力に自信のある人には魅力のあるコースである。(最終改訂2013.5.1)

 

 

 


コース紹介

①根来坂経由で百里ヶ岳へ     ■対象:初級コース
 登山口は、上根来集落の先にある。上根来集落へは、バスの便がないので、車を利用するしかない。国道27号線の東小浜の交差点で国道と別れ、南下する。神宮寺までは広い道が続くが、そこからは道が細くなる。毎年3月にお水送りの行事が行われる鵜の瀬を通り、心細くなるような一本道を遠敷川に沿って車を進める。中ノ畑の集落を過ぎると道は急な上り坂となり、やがて上根来集落に入る。 上根来の集落をぬけて畜産団地跡まで舗装道路は続くが、そこから未舗装の林道へ入る。最初の橋を渡ってすぐ、道が大きくヘアピンカーブする右手に根来坂の登山口がある。石で作られた立派な看板が立てられているので、見落とすことはない。ここまで、車で、小浜から約35分である。ここには、5台程度駐車可能である。

 取り付くとすぐ杉林に入るが、まもなく昔の峠道が姿を現わす。桧の大木の並木を左手に進むと広葉樹林帯へ入り、その後再び急傾斜の杉林となる。杉林を抜けると、ピーク708mから567mへ南下する尾根へ出て、大谷の向うに百里ケ岳の姿も見えてくる。この辺りも広葉樹の綺麗な林が広がる。やがて林道に出るが、その直前、右手に旧道が続いている。以前はこの道を通ったが、途中に一部土砂崩れの場所があり、今は使われていない。林道から下に旧道を見ることができる。登山口から林道まで、約50分、この林道を右へ約15分で、左へ上がるよう案内板がある。概説で記したように、ここまで車で上がってくることも可能である。なお、さらに林道は延びており、この先に、途中から根来坂の道に合流するルートや、県境を滋賀県側に少し行った所から直接根来坂峠に行くコースもあるが、根来坂の良さを楽しむためには、最低、ここから歩き出してほしい。

 旧道へ戻って約5分、池の地蔵の前へ出る。地元の人が寄進した祠の中には小さなお地蔵さんが祀られ、その台座には「宝暦」(江戸時代中期)の文字も刻まれている。お地蔵さんの西側には、深さ4m位の古井戸があり、いまも底に水をたたえている。ただ飲料には不適のようである。

 ここで休憩をとったら、いよいよ峠を目指してがんばろう。お地蔵さんの裏手へと道は続き、やがて往時の交通量を示すかの様に登山道は深く濠の様に掘れた状態となる。かつての街道を実感させる箇所である。支尾根の西側にあった道が東側へ回り込めば峠は近い。

 根来坂の峠は広場になっており、ブナの大木(現在は、枯れ木となっている)の横には地元小入谷の人達が移築した祠があって、ここにもお地蔵さんが安置されている。 また、一段高い所には一石一字塔の石碑が建っており裏面には「寛政」(江戸時代後期)の文字が見える。この碑の横にも道は続いており、百里ヶ岳とは反対方向にある展望台まで約10分である。展望台まで登れば若狭湾と国富平野が良く見える。また、展望台を越えていけば、5分程で、林道に出る。

 峠から百里ヶ岳へは、東進する。稜線沿いに登り、ピークを越える。鞍部から再び登り出すと、途中で大谷出合に着く。ここには、以前は左から谷沿いに登ってくる道が合流していたが、今は跡形もない。ただし、以前は辺り一面を覆っていた熊笹がすっかり無くなり、どこでも歩けそうである。ここからさらに進むと、小ピークの所で、右から、朽木村からの百里新道が合流するが、ここには標識が設置されている。この後さらにピークをひとつ越え、最後の急坂を登りきると、山頂に着く。

 山頂は比較的広々としており、概説で記したように木が伐採され、見通しはきくようになっているが、昔のような静けさはない。山頂には、小浜山の会の設置した標識と標柱が立っており、また、若狭地方に3ヶ所ある一等三角点の内のひとつが設置されている。

 帰りは、もと来た道を引き返そう。(最終改訂2019.5.17)

■コースタイム
 登山口→50分(40分)→林道→15分(15分)→取付→5分(5分)→池の地蔵→45分(30分)→根来坂峠→60分(45分)→百里ヶ岳山頂

 

②木地山峠から根来坂峠への縦走   ■対象:上級コース

 上根来~木地山峠~百里ヶ岳~根来坂峠~上根来のコースは、やや距離の長いコースであるが、縦走を楽しめる良いコースである。百里ヶ岳以降は前項に譲るとして、本項では、上根来~木地山峠~百里ヶ岳のコースを紹介する。本コース中、木地山峠~百里ヶ岳間は高島トレールの一部として良く歩かれており、登りで使う限りは迷う所はない。一方、上根来~木地山峠の間は何ヶ所か道のはっきりしない所がある。特に、下草の繁る夏は歩きずらいので、春又は晩秋の山行を推奨したい。いずれにしても、地図は必携で、読図とルートファインディングのできる人のみ入山してほしい。なお、現在の1/25000地図に記載されているルートと実際のルートは異なっている所があるので、注意してほしい。

 根来集落から木地山峠の登山口は、従来は、集落に入ってすぐ左の家の横(登山口の標識もここにあり)を通って登っていたが、その登山口より、20m程先から左に林道が出来ており、その林道を辿った方がわかり易い。従来の登山口から登っても、その林道に出るが、以前と異なり、神社の横を通り、まっすぐの道が続いており、こちらもわかり易くなっている。(林道に出た先は、従来の登山道の上に林道が作られており、登山道は消失している)

 林道を進むと、標高390mの二俣の辺りで林道は終点となり、すぐに、枝沢を渡り、従来の登山道に出る。しばらく、右岸の道をトラバースしながら進むが、すぐに沢を渡る。左岸の道には、ロープの付けられた場所もあり、慎重に進む。その先も、2回ほど沢を渡ると、二股に出る。この二俣からは、二つの沢に挟まれた尾根の、右の沢に近い側に道が付いている。この辺りは、杉の植林地で道が分かり難く、特に下草が繁る夏の時期はルートを探し難いが、最終的には、二つの沢の間の尾根を登ることになるので、ルートを見失ったら尾根に向かって登って行くことを覚えておいてほしい。なお、古い1/25000の地図では、沢沿いに道が書かれているが、実際は尾根上に道が付いているので注意してほしい。

 さて、二俣からしばらく右側の沢の右岸中段に付けられた道を進むと、道は谷から離れてジグザグに左手の尾根に登り、その尾根上を進むようになる。この辺りは、古道が残っており、これまでの鬱陶しい杉の植林地から解放され、ブナなど広葉樹の気持ちの良い所である。振り返れば、多田ヶ岳が望まれる。尾根上をさらに進むと、二つ目の二俣から約30分で右から来た尾根に合流する。

 この尾根は、右側が杉の植林地、左側はブナなどの自然林となっており、対比として自然林の美しさが良く分かる。合流点を左折し、しばらく行くと、道は右へトラバースして行く。このトラバース入り口付近が、カヤの峠といわれる地点である。

 ここからは、歩き易い道が続き、約10分で、小さい谷そして水の流れる沢を渡る。この辺りは、道の痩せた斜面のトラバースもあるので、注意して欲しい。この先は、一旦尾根にのり、少し登ると、沢沿いを進むようになる。この辺りは、下草が伸びている時は、やや道が分かり難い。その後、左へ曲がるとブナの林に入り、しばらく登れば、やがて木地山峠に到着する。先ほどの右からの尾根との合流点から峠までは30分弱の道のりである。(2022.06.17一部改訂)

 この峠には、標識があり、また、お地蔵さんが安置されている小さな小屋もある。このこぢんまりとした峠は、昔も今もここに着いた人の心を和ませてくれる。振り返れば、多田ヶ岳等の山々が見渡され、条件が良ければ日本海も望むことができる。この峠に設置されている標識には木地山集落へのルートも示されているが、本書の範囲からはずれるので、木地山へのルートを進まれる方は、別途他の資料を調査されたい。

 さて、この峠から百里ヶ岳へは、良く歩かれた道が続いており、尾根上をたどれば間違いなく百里ヶ岳に行くことができる。峠からはしばらくは下りとなるが、両側が広葉樹と熊笹の気持ちの良い道であり、所々木の間から若狭側、滋賀県側の山々を望むことができる。再び登りとなり、峠から約10分で一つ目のピークとなる。そこから一旦下り、再び登りとなって、自然林から杉の植林帯に入った所が711mのピークである。峠からここまで約30分の道のりである。

 ここからは杉林の中に付けられた道を少し下り、その後単調な登りとなり、約30分で杉林を抜ける。杉林を抜けた所は、広場となっており、杉林の鬱陶しさから解放され気持ちが良い。ここからブナ林の中をさらに登り続ければ、10分程で百里ヶ岳山頂に着く。なお、逆コースを歩く場合、左手に迷い込みやすい尾根が2か所あるので注意してほしい。

 山頂は比較的広々としており、木が伐採されたことから、全方位とはいかないが、周囲の山並みを見渡すことができる。

 山頂からの下山は、前項の根来坂峠経由のルート紹介を見てほしいが、山頂から、木地山峠への登山口のある上根来集落まで約2時間30分程の道のりである。(最終踏査2021.3.20)

 

■コースタイム
 上根来登山口→30分(20分)→2番目の二俣→60分(45分)→木地山峠→70分(60分)→山頂→45分(60分)→根来坂峠→85分(125分)→根来坂登山口→20分(30分)→上根来登山口

地図